第3講
0. [課題の答え] まずは課題の答え合わせ。(もちろん、同じ内容を意味する文でO.K.)
nam Verbum, quod est Divinum Verum, est Ipse Dominus in caelo et ecclesia;
「なぜなら、神的な真理であるみことばは、天界と教会の中で主ご自身であられるから」
quod postquam Verbum datum est Dominus per id solum Se manifestet, nam Verbum, quod est Divinum Verum, est Ipse Dominus in caelo et ecclesia;
「みことばが与えられた後、主はそれ(=みことば)だけを通してご自分を現わされる。なぜなら、神的な真理であるみことばは、天界と教会の中で主ご自身であられるから」
文は訳せました。ここからが本来の学びです。ここから何を思いますか?
重要な真理が語られています。それぞれ汲み取ってください、以下に私の感想を述べます。
* * * * *
2. [感想] 世の中に「主が現れた、イエスに会った」という人がいる。またひどい場合には「私がイエスだ」と名乗る人もいる。現われたから、会ったから、それで何なのか? 自分は特別に恵まれた人物だ、とでも言いたいのか? ここには、主イエスはみことばを通してだけ現われることが書かれている。別の言い方をすれば、主に会うには、みことばに向かわなくてはならない。
正しい生活とともに、みことばを(人生の指針として)読み続けるとき、いつかそこに主が現れるのではなかろうか?
私は主に会いたいと望み、願うほど、清く正しく立派でもありません。聖書が目の前にあり、その霊的意味が明かされたことに満足しています。
再臨の主とはスヴェーデンボリの著作が明らかにした霊的意味なのです(←これが新教会の教え)。
* * * * *
3.[研究者] さて今や、あなたは原典までさかのぼって(これより先はありません)スヴェーデンボリの思想にじかに触れ、そこに何が語られているのか思い巡らしました。りっぱなスヴェーデンボリ研究者と言えましょう。その他もろもろの知識はあとからついてきます。
4. [課題] では、次講の例文である次の原典に取り組んでみてください。やはり今は3回ほどじっくり読み上げ、内容の見当をつけるだけでO.K.です。何が書いてあるのかな、と思い巡らすときが一番頭を働かせるときであり、重要です。出典は遺稿『みことばについて(De Verbo)』の35番(原著では14番)。
5. [単語の勉強] 挿入句にあるDivinumは「神的なもの」、Verum「真理」と訳します。大文字なので特別な真理と思えばよいです。訳出する上でそのことを強調したい場合「神的な真理」のようにカギカッコでくくったりします。ここの訳文は「それは神的な真理である」となります。
Verbum naturale, quale est in mundo in Christiano orbe, intus in se continet et Verbum spirituale, et Verbum coeleste,
ややラテン語を知っていて、訳してみようという人のために「読解」の手がかりを述べておきます。naturale、 spirituale、coeleste の三つの関連に注目してください。それと後ろのほうでてくる二つの「et」はただものではありません。「そして」や「~と」としては文意が汲めません。「et…et」で一つの意味をもっています。