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3.「主の祈り」についてスヴェーデンボリによる説明
『夢日記』(1743-44年)と同時期の,スヴェーデンボリの遺稿『対応と表象』(1744年)(注1) に,彼による「主の祈り」の解釈が述べられています.それを以下に紹介します.
主の祈り PATERNOSTER(パテルノステル)
「神の御国がやって来ますように」を目的とする「主の祈り」の説明.このこと以外に,私たちが〔主の祈りで〕祈るすべてのものは,順序立てて並べられた中間の目的である.こうして,最初から最後まで,すべての意味はとぎれずに結び付いている.
天にいます私たちの父よ.
いと高きところにいます神から私たちは存在する.
あなたの御名が聖なるものとなりますように.あなたの御国が来ますように.
神の幸福が存在する天界の御国または霊魂の普遍的な社会がやって来るようにと,霊的に,そして,たましいから,神を崇めよう.
あなたのみこころが天の中のように,地の上でも行なわれますように.
この御国は,あなたのみこころが天界の中のように地上で行なわれるとき,やって来る.
私たちの日ごとのパンを(きょう)私たちにお与えください.
あなたがパンや自然的な食物でなされるように,私たちのたましいをあなたの霊で満たし,新たにするとき,このみこころは行なわれる.
私たちの罪を赦してください,私たちが私たちに負いめを持つ人を赦すように.
あなたが私たちを愛してくださるとき,あなたはあなたの霊で私たちを満たしてくださる.そして私たちが自分自身のように私たちの隣人を愛するとき,あなたは私たちを愛してくださる.
私たちを試練に導かないでください.
私たちが自己愛にかきたてられないなら,私たちは隣人に対して反抗もしなければ,道徳的な罪も犯さず,自分自身のようにその隣人を愛する.
私たちを悪から救ってください.
私たちが自分自身の堕落した性質やどん欲,悪魔から解放されるなら,私たちは,隣人に対して道徳的な罪を犯さない.
御国はあなたのものですから.
こうして,御国がやって来る.すなわち,天界の御国があなたのもとに存在するようになる.
力と誉れと栄光,永遠に.
そのとき,あなたは主権を持たれ,永遠に崇められ,賛美される.
この祈りは,鎖の輪のように,あたかも一つの輪が他の輪に結び付くように,繋がっている.どれ一つでも無かったり,また付け加えられたりすることはできない.どの部分も全体に及ぶものであって,全部が順序立てて天界の御国へと目指され,もくろまれている.これらすべての部分は,主要な目的に,すなわち,神の御国とその栄光に注目する中間の目的に似ている.手段が結び付き,霊的な目的が注目されているかぎり,そこではまた,すべてものが霊的なものとなる.けれども,最高の目的とやや劣る目的の両方が祈りによって求められなければならない.神はすべてに超越され,私たちを必要ともされないが,その栄光と至福は私たちによって高められねばならない,すなわち,神のためでなく,私たちのために備えられた御国によって高められねばならない.ここから,あらゆるものに関して,人間自身のものと見なされるものに関してまでも,私たちによって祈りはなされなければならないが,しかし,それらは人間のものではなく,神の恵みと愛である.神はそれらのものを太陽がその光を伝えるように伝えられる(注2).
最初に,神に呼びかけて,神が私たちに敬われますように,と祈る.それから,神の御国と私たちの永遠の幸福がやって来ますように,と.その後,その御国の苗床が地の上で増大しますように,と.神が彼ら〔=苗床である人々〕をご自分の霊と,神への愛と彼らの仲間への愛で満たされますように,と.そして最後に,神が彼らを罪から清め,罪の原因から安全とされますように,と〔祈る〕.こうして,神の御国と栄光がやって来る.
注1 この草稿は Codex(聖書などの“写本”の意味であるが,スヴェーデンボリの原稿を綴じたもの)の36番に含まれている(この記事はそこからの翻訳).『心理学的論文とその他の遺稿』としてスヴェーデンボリ科学協会(SSA)から英訳(A.アクトン)が出版されている.この遺稿のラテン語の原題名は――
“De correspondentia et representatione, ex Scripta sacra”
注2 草稿では,ここに著者スヴェーデンボリによって削除された箇所があるが,ほぼ同趣旨のことが繰り返されて述べられているので割愛する.
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