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『新しいエルサレムへの生活(いのち)の教義』冒頭の言葉より
QUOD OMNIS RELIGIO SIT VITAE, &
QUOD VITA EJUS SIT FACERE BONUM.

(クウォド・オムニス・レリギオー・スィト・ウィータエ・エト・
クウォド・ウィータ・エーユス・スィト・ファケレ・ボヌム)

2.vitaの訳語は?

 英語では life.上記のように鈴木大拙は「人生」としています.
○宗教はすべて生命のものであり,宗教の生命は善であることを為すことである(柳瀬訳).
 →生命としています.なお「〜であること」は緩慢.
○宗教はすべて〈いのち〉にかかわっている.そして宗教の〈いのち〉は善をなすことである(長島訳).
 →〈いのち〉としています.カッコは読み易さのために加えたものでしょう.「〜かかわっている」は同氏がよくやる「意訳」であり,いただけません.

 同じ vita でも,文脈から適当する語を選ぶ必要があるでしょう.
 続く文章の「善良に生きる者は,神についてだけでなく,隣人についても善良に考える…」(qui bene vivit, bene cogitet, non solum de Deo, sed etiam de proximo, …)などの「生きる」からも,また宗教は「実生活」と決して遊離したものではないことからも,ここでは「生活」が(決して自画自賛でなく)最適と思います.
 なお,本書の題名は“DOCTRINA VITAE PRO NOVA HIEROSOLYMA”(ドクトリーナ・ウィータエ・プロー・ノウァ・ヒエロソリマエ)

●次課からは本講座の主目標である「主の祈り」を取り上げます.