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『新しいエルサレムへの生活(いのち)の教義』冒頭の言葉より
QUOD OMNIS RELIGIO SIT VITAE, &
QUOD VITA EJUS SIT FACERE BONUM.

(クウォド・オムニス・レリギオー・スィト・ウィータエ・エト・
クウォド・ウィータ・エーユス・スィト・ファケレ・ボヌム)

1.単語と文法

omnis, e, adj.すべての

 “e, adj.”とあることから第3変化形容詞(小林14課)とわかる.

 ここで omnis を使った【練習問題】を3題.
[1] Nunc licet.(『真のキリスト教』508 番)
[2] omnia tempus habent.(「伝道者の書」3:1 )
[3] omnis halitus laudet Jehovah(=Jah). (「詩篇」150:6 )
  (=omne quod spirat laudet Dominum. 別訳)
[4] omnia autem probate; quod bonum est tenete.(「テサロニケ人への手紙T」5:21)

religio, onis, f. 宗教   

vita, ae, f. 生活

(解答はこちら→解答

☆雑談:“Ars longa, vita brevis.”「芸術は長く人生は短かし」とはどういう意味でしょうか? 普通,「人の命 は短くはかないものであるが,すぐれた芸術作品は永遠の生命を保つ」という意味ですが,もともとはヒポクラテスが「医術(ars)の取得には多年を要し,それには人生が短すぎる」意味で言ったのでした.(短い人生で,ラテン語習得の時はあるでしょうか?)

ejus, gen. [is] 確定代名詞(小林§33, 37 )の属格,所有を表わす.

bonum, i, n. 善

 形容詞 bonus(よい)の中性形(n.)がそのまま抽象名詞となる(よいもの→善)のはラテン語の一大特徴(英語ではthe を付ける).“ボーナス”(特別賞与,ラテン原音はボヌス)はこれが語源.

facio, ere, feci, factum, v.a., v.n. なす,作る,実行する…

2番目に“ere”とあることから facere が不定法(小林§152)とわかります.また bonum は対格です(同§157).
 不定法の訳は,たいてい「〜(する)こと」とすれば間に合います.

quod3, conj. relat. 〜の事実,関する事

 まず,接続詞(conjunction)であることに注意(関係代名詞や関係副詞もある).“relative”とは「関係のある・関連している」意味の文法用語.この語を最後にしたのはやや「文法」を説明したいからです.
 二つ以上の語が集まって意味上の単位をなしている語群で,「主語+動詞」(最初の語群では religio が主語,est(sit)が動詞)の形式を備えているものを節(clause)といいます(備えていないものは句という).
 複数の節からなる文(複文)では節と節を結び付けるための関係代名詞などの連結詞が必要になります.また,節も文中での働きによって,主節と従属節,さらに従属節は名詞節・形容詞節・副詞節と分類されます.
 (これ以上の詳しい説明は申し訳ないが省略する,英文法に同じ)
 ドール博士著『スヴェーデンボリのラテン語』(このサイトに掲載されている)の第9章から以下に引用します――

 「名詞節のために通常用いられる統語上のきまりは,きわめて単純で融通性がある.節の動詞は接続法をとり,その節は連結詞“quod”(無変化)によって導かれる.それで,知るべき事実や検討すべき命題として扱われる“Amor est (愛が存在する)”という文は文中の名詞節で,“Homo novit quod amor sit.”(人は愛が存在することを知っている,『神の愛と知恵』1 )のように“quod amor sit”となる」

 この「quod+接続法」はスヴェーデンボリの文にきわめて多く,quod と出てきたら,以下の動詞はまず「接続法」としたものです.
 quod の訳としては「〜ということ」または無理に訳さなくてもよいです.接続法については『小林』42課(§239)以降をパラパラと読んでみてください.

私訳:すべての宗教は生活であり,その生活とは善を行なうことです.

〔『荒野』1997年11月,第16号〕