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3.想う
人間は弱いものです.自分では正しい(イエスは死罪に当たらない)と思っても,立場上(為政者),また状況判断から(祭司長らの圧力),これを押し通すことができないことはよく経験することです.ピラトはできるかぎりの努力をし,戦ったのではないでしょうか.圧力に屈し,迎合したとは思えません.単なる反発から,また「オレが書いたものは,書いた」(やったものは,やった.取り消しはきかない)といった不遜な気持ちからではなく,「本気で書いた言葉である」との意気を込めた“quod
scripsi scripsi”に,イエスは微笑まれ,このピラトの行動すべてを受け入れられたのではないでしょうか?
いつか私も“quod scripsi scripsi”と言える日が来ますように.
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