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「主の祈り」 (7)
NE INDUCAS NOS IN TENTATIONEM, SED LIBERA NOS A MALO.
ネー・インデューカース・ノース・イン・テンターティオーネム・セド・りベラー・ノース・アー・マロー

4.余談:試練=罪の告白

 あるとき,ジェネラルチャーチのキング主教に「あなたに試練はあるのですか?」と聞いてしまった.主教に試練など到底ありそうに思えなかったからだ.そのとき主教は「それは《罪の告白》だ」と答えられた.「聖職者でもないのに人に罪を告白させる」などという出すぎたまねをしてしまった,と気づかされ,あとで謝罪した.このことについて,主教は他の機会に「試練がなくなることはない,一生の間続く.年とともにかえって試練は強くなる」と言われている.
 確かに、各自にある、また私にある「自己愛」との戦いなど、罪の告白そのものであり,人に語ることなど到底できない。主はご存知であり,主おひとりその脱出の道を備えてくださっている,と信じるしかない.