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3.“試練”とは何だろうか?
いわゆる逆境から,人は何を学び,どのように成長するのだろうか? 一般的に言えること逆境のとき「反省の機会が与えられる」ということだろう.順風満帆のとき、先のことは見ても,足元を見つめること,自分の置かれている境遇など考えたりしない.物事はまっすぐに進むときばかりでなく,曲がりくねり,停滞もする.そうしたときが,逆境であり,試練であろう。
さて,霊的な成長にあって,そのとき特に「試練・誘惑」の言葉が使われる.霊的な成長は再生を目指している.「“試練”を通して再生する」と言われている.『霊界体験記』4312に「より善くなるために,善人は試練に入れられねばならない」とある.再生するためには試練を経ねばならないのだから,主の祈りのこの個所のように文字通り「試練に会わないように」と願うことはできない.試練に会っても「主よ.見捨てないでください」との思いを込めて祈るべきものであろう。
さらに,「あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません.神は真実な方ですから,あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません.むしろ,耐えることのできるように,試練とともに,脱出の道も備えてくださいます」(「コリント人への手紙T」10:13 )とある.
慈悲に溢れた神は人を打ちのめすような試練を与えられる方ではない。私も,また日本の新教会も,試練の中にあるとき,この言葉を思い出そう.
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