14-6

「主の祈り」 (6)
REMITTE NOBIS DELICTA NOSTRA,
レミッテ・ノービース・デーりクタ・ノストラ
SICUT NOS REMITTIMUS DELINQUENTIBUS CONTRA NOS.
スィクウト・ノース・レミッティムス・デーりンクェンティブス・コントラ・ノース

6.情けは人のためならず

 だれかが私たちを攻撃する(侮辱,いやがらせ,迷惑など,気分を害するものなら何でもよい)とき,私たちはその者を憎み,軽蔑し,復讐したくなります.こうして自分自身の中に“悪”を抱きます.私たちの中のこの悪は,主に対する罪であり,心をその恵みと愛から閉ざしてしまいます.すなわち,なぜ“赦す”のかというと,赦さないでいると,自分の中に悪が発生してしまう,その悪を神は喜ばれないからです.(直接には他人のためですが)他人のためでなく,自分が悪に陥らないために,赦すのです.ここで「情けは人のためならず」という,この“有名なことわざ”が別の意味で思い浮かんできます.