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「主の祈り」 (6) REMITTE NOBIS DELICTA NOSTRA, (レミッテ・ノービース・デーりクタ・ノストラ) SICUT NOS REMITTIMUS DELINQUENTIBUS CONTRA NOS. (スィクウト・ノース・レミッティムス・デーりンクェンティブス・コントラ・ノース)
6.情けは人のためならず
だれかが私たちを攻撃する(侮辱,いやがらせ,迷惑など,気分を害するものなら何でもよい)とき,私たちはその者を憎み,軽蔑し,復讐したくなります.こうして自分自身の中に“悪”を抱きます.私たちの中のこの悪は,主に対する罪であり,心をその恵みと愛から閉ざしてしまいます.すなわち,なぜ“赦す”のかというと,赦さないでいると,自分の中に悪が発生してしまう,その悪を神は喜ばれないからです.(直接には他人のためですが)他人のためでなく,自分が悪に陥らないために,赦すのです.ここで「情けは人のためならず」という,この“有名なことわざ”が別の意味で思い浮かんできます.