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「主の祈り」 (5)
PANEM NOSTRUM QUOTIDIANUM DA NOBIS HODIE.
パーネム・ノストルム・クォティーディアーヌム・ダ・ノービース・ホディエー

 6.もう一つの注目点:「きょう」

 内意で「今日」は「永遠を」意味します(ルカ 23:24).毎日求めることが,永遠に求めることです.
 また,「きょう」に意識を集中させ,明日を心配する必要などないことでもあります(マタイ 6:34). 

 ☆余談:私は早朝(通常は,夜明けの太陽に向かって)この祈りを唱えるのであるが,祈りのこの部分では常々「きょうも,いのちのパンをちょうだいネ」「主から今日はどんなパン(善いこと)をいただけるのだろうか?」と思いがわく.“善いこと”とは,人からしてもらうことでもあるが,“善いこと”を人にしてあげられたときの喜びの方が大きいのは,もちろんのことである.すなわち,「今日もなんとか人に喜ばれるようなことが一つでもできますように」との願いをもって,その日のパンを期待している.