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「主の祈り」 (5)
PANEM NOSTRUM QUOTIDIANUM DA NOBIS HODIE.
パーネム・ノストルム・クォティーディアーヌム・ダ・ノービース・ホディエー

5.毎日,1日分のパン 

 また,これとは別に,祈りのこの箇所から,イエスの弟子たちは,荒野をさ迷ったイスラエルの民を想起したでしょう.「見よ.わたしはあなたがたのために,パンを天から降るようにする.民は…毎日,1日分を集めなければならない.これは彼らがわたしのおしえの中を歩むかどうかを試みるためである」(出エジプト記 16:4).「…多く集めた者も余ることはなく,少なく集めた者も足りないことはなかった.各自は自分の食べる分だけ集めたのである」(同 16:18)
 これらの聖句を理解するには,もちろんパンが“善”を意味することを知っていなければなりません.人の善行に多寡はありません(オメルで計れば同じ).各自が毎日自分に定められた善を行なえばよいのです.ついでに言えば,朝まで残しておくと虫がわき,悪臭を放った(同 16:20)とは,人目に付くような余計な善行は,功績心など(心の)腐敗のもとです.