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「主の祈り」 (3)
VENIAT REGNUM TUUM..
(ウェニーアト・レーグヌム・トゥウム)

3.「神の国」Regnum Dei

「神の国」について「福音書」には―― 
 「悔い改めよ,天の御国は近づいたから」(マタイ 4:17,宣教開始)
 「神の国とその正義を求めよ.……」(マタイ 6:33)
 (5〜7章に“山上の垂訓”が述べられているが,「主の祈り」とともに,この 6:33 や 他に 7:12 などはその教えの中心であろう.スヴェーデンボリの「標語」でもある.本講座の第5課参照)
 「……神の国はあなたがたに来ている」(マタイ 12:28,悪霊追放)
 「神の国はあなたがたの中に存在する」(ルカ 12:21)
 「裕福な者が神の国に入るより,ラクダが針の目に入るほうがやさしいからである」(ルカ 18:25,マルコ 10,25,マタイ19:24 )
 「子供のように神の国を受け入れる者でなければ,だれもそこに決して入れない」(ルカ 18:17,マルコ 10,14 )(その他,マタイ 18:3, 19:14, 21:31, 21, 43, 25:33 などなど)

 「神の国」というとき(原語のニュアンスから)“神の支配・統治”と考えれば,わかりやすいです.またその統治・支配はこの世のもののように目に見えるのではありません(ルカ 17:20).心の中に“神の国”をつくるのです.“神の国”に入るため,マモン(富,マタイ 6:24)を去り,親(最初に“父”と呼び掛けている)に素直に従う子供のように,主の教えを,その戒めを受け入れ,実を結ばなくてはなりません.