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「ヨハネ福音書」19:5より
ECCE HOMO
(エクケ・ホモー)

3.感想
 以上で終わったら,せっかくの原典学習も知的興味の対象でしかない.より深く味わうために原典まで遡っている,すなわち,ここからが正念場です.私の解釈を述べ,あとは各自で味わっていただくべきものでしょう.
 「ピラトはユダヤ地方を治めるローマの提督であり,(余計な摩擦を避ける意味でも)祭司長らの圧力に屈したが,それでもイエスに「罪を認めず」(6 節),それゆえ,悪人ではないと思う.
 彼は,「ユダヤ人の王ではなく,見ろ.ただの人間(じゃないか)」とのニュアンスで,「釈放したらどうか」と,また後には,それほど言うなら「王だ,その王を十字架に付けるのか」(15節)とも迫っている.
 それと同時に「人となられた神」という意味も含意しているとすれば,「神を十字架に付けるのか」,また同時に,無罪のただの「人間」を張り付けにしようというのか,との意味合いを感じる.
 また,いばらの冠や紫色のころも も,訴えた祭司長やユダヤ人らに対する強烈な皮肉ではなかったろうか」
“いばら”や“人”の内意は『秘義』の9144に説明されています.また,「紫色」(ギ:ポルフューレオス)は本章 2 節と黙示録17章 4 節・18章16節だけに使われています.大淫婦の着ていた衣の色であり,その内意は『黙示録講解』1042を見てください)