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2.私訳「見ろ,人だ」
この箇所の内意についてはアルカナ出版『四教義書』中の「主について」の16の記述を参考にしてください.『天界の秘義』9144の最後の部分にもあります.
ここでは現行訳「さあ,この人です」(新改訳)「見よ,この人だ」(協会訳)のように「この」を補ったりしては雰囲気が変わってしまうことを指摘しておきます.原文はたったの
2 文字! ギリシャ原文でも“ιδε ό ανθρωπος イデ・ホ・アントローポス”(単語:イデ★=ほら・見よ,ホ=定冠詞,アントローポス=人)であり,余計な言葉は使われていません.
★ここで「イデ」について、雑談(道草)します.
「マタイ」25章の20, 22, 25節にも同一の言葉“イデ”が使われており,
直訳は 20節「ほら,私はそれらの上に他の 5 つのタレントを得た」
22節「ほら,私はそれらの上に他の 2 つのタレントを得た」
25節「ほら,あなたはあなたのものを持っている」
これが「御覧ください(20, 22 節)」「さあどうぞ(25節)」と “だらけて,変えて” 訳されています(新改訳).原文の直截的表現が失われています.直訳のほうが,状況が(また内意も)よくわかると思います.
【練習問題】(解答はこちら→解答)
[1] et tu, Brute!(カエサル(シーザー)最後の言葉とされます)
[2] tu es Filius meus dilectus. (ルカ3:22)
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